Research

ここでは私たちの研究について少し詳しく説明します。それぞれの研究結果の詳細についてはそれぞれのリンク先の論文(Publication)を見てください。

陸上植物における発生制御の原理と進化の研究

陸上植物の進化

植物は光合成による地球環境の維持だけでなく、衣・食・住の様々な原料として人間社会を支えています。現在地球には30万種を超える陸上植物(Embryophytes)が生息しています。陸上植物には花を咲かせる被子植物の他に、スギやマツなどの裸子植物、維管束はもつが胞子で増えるシダ植物や小葉植物、そして維管束をもたないコケ植物が含まれます。

陸上植物はその多様な形態・生活様式にも関わらす、約5億年前に藻類から分岐した単一の共通祖先に由来する単系統群であることが現代の分子系統解析から示されています。ある意味では地上の覇者となった陸上植物の共通祖先はどんな生き物だったのでしょうか?残念ながら現在においてそれを直接的に知る術(タイムマシーン)はなく、化石資料も非常に限定的です。

しかし共通祖先が獲得した特徴は遺伝子という形で、年月による変化を受けつつも現生の植物種に受け継がれています。私たちは陸上植物の発生(かたち作り)を制御する分子的な仕組みに興味をもち、何を共通祖先から受け継ぎ、何を新たに発明したのかを解き明かしたいと考えています。

モデル植物:苔類ゼニゴケ

分子生物学の研究では「モデル生物」と呼ばれる、興味のある現象を扱う上で代表となる種(例:動物におけるマウス)を使って実験を行います。これまで植物では被子植物のシロイヌナズナが中心的に用いられてきましたが、近年の次世代シーケンサーを含む技術の発展より様々な種がモデルとして使えるようになってきました。

ゼニゴケは陸上植物進化において被子植物の祖先とは最も早く別れたコケ植物のうち苔類に属する種です。ゼニゴケは2017年に全ゲノム情報が解読されたばかりの新しいモデル植物ですが、形質転換やゲノム編集技術が確立されており、転写因子に代表される制御系遺伝子の数が非常に少なく、分子遺伝学的な実験が容易です。京都の銀閣寺で「とても邪魔なコケ」として展示されていたように、しばしば人間には厄介者扱いされるゼニゴケですが、陸上植物進化の謎を解き明かすツールとして近年研究者の注目を集めています。

植物ホルモン:オーキシン

オーキシンは植物のホルモンの中でも最も早く単離・同定され、その研究は進化論で有名なC. Darwinとその息子F. Darwinによる光屈性の研究に端を発するとされています。過去(~2000年代)のシロイヌナズナを中心とした被子植物を用いた研究により、オーキシンが細胞の伸長・分裂・分化の制御を介して植物の発生と成長のほぼ全ての局面に関与していること、オーキシンシグナルが主に転写因子ARFを介した経路によって伝達されることが明らかにされてきました。しかし、被子植物では信号伝達因子の遺伝子重複が進んでおり、経路の複雑さや単独変異体の多くが顕著な表現系を示さないという問題が研究の障壁となっていました。また被子植物で明らかになったことが他の陸上植物にも適応できるのか、進化の中でいつ・どのように誕生したのかは明らかになっていませんでした。

ゼニゴケにおけるオーキシン信号伝達機構

そこで私たちは2008年からゼニゴケに着目した研究を始め、ゼニゴケが被子植物と同様のオーキシン生合成・信号伝達システムを最小形とも言える単純さで備えていること、ゼニゴケにおいてもオーキシンが細胞の伸長や分化を介して様々な器官の発生を制御していることを明らかにしました(Research Paper: 1-4)。これらの結果はARFを介したオーキシン信号伝達機構が陸上植物の共通祖先において既に獲得されていたことを示唆するとともに、オーキシン研究におけるゼニゴケの有用性も明らかにしました。

オーキシン信号伝達機構の起源

オーキシン信号伝達機構は転写因子ARFの他に、抑制因子であるAux/IAA、受容体であるTIR1/AFBが中心的な働きをします。私たちは次にこれらの因子の起源を明らかにするため、1000種以上の植物種を用いた大規模トランスクリプトームデータベース(OneKP)から網羅的なホモログ探索を行い、ドメイン構造解析と分子系統解析を行いました。その結果、まずシャジクモ藻類の共通祖先において既存の小ドメインを融合することでARF転写因子が確立し、その後に陸上植物の共通祖先においてオーキシン受容体の確立とARF経路への統合が起きたことを明らかにしました(Research Paper: 5)。

3種のARF転写因子の機能モデル

陸上植物のARFは系統的に大きく3種(A, B, C)に分類されます。過去の研究では転写活性化因子として機能するA-ARFが主に解析されており、転写抑制因子として機能すると予測されるB-ARF、C-ARFの役割は不明な点が多くありました。私たちはそれぞれのクラスのARFを1分子種ずつのみもつゼニゴケの特性を生かし、様々な遺伝学・生化学的手法を組み合わせることで各ARFの機能の特異性を明らかにし、陸上植物における3種のARFの基本的な機能モデルを提唱しました(Research paper: 8, プレスリリース)。

陸上植物に共通するオーキシン応答遺伝子

陸上植物の発生におけるオーキシンの重要性、そして信号伝達機構の起源が陸上植物の共通祖先に遡れることから、私たちはオーキシンの下流で働く遺伝子ネットワークも陸上植物に保存されているのではないかと考えました。そこで系統的に離れた複数のコケ植物(ゼニゴケ・ヒメツリガネゴケ・ナガサキツノゴケ)とシダ植物(リチャードミズワラビ)を用いた比較トランスクリプトーム解析を行いました。双方向的なBLAST検索とネットワーク解析を組み合わせた探索により被子植物を含めた陸上植物に共通するオーキシン応答遺伝子を複数同定しました(Resarch paper: 5)。

現在はこれらの遺伝子の機能解析を通して、陸上植物の発生においてオーキシン経路が果たす根源的な役割や、進化の過程どの様に変化したのかを明らかにしたいと考えています。